陸上養殖(RAS)に参入する際には
残る課題が少なくないこともあり、複数社をあわせてもノルウェーからの輸入量にせまるほどの魚を生産するにはまだまだ時間を要すると思いますが、この記事で紹介されているサケ・マス、バナメイ、チョウザメだけでなく、サバやクエ・ハタなど多くの種類でRASでの陸上養殖への参入が盛んになっています。水産分野以外からの参入も多く、正直なところ、一種、バブル的な危なさがあるようにも感じます。これから参入を検討される方は次のことに留意されることをお勧めします。
まず、魚を「飼う」ことと、「養殖する」こととの違いをよく認識することが大切です。養殖は利益を追求する商売であり、魚の世話(ケア)に重きを置く「飼う」という行為とは違うものです。「飼う」ことにとらわれ、RASの施設や設備への拘りが強くなって過剰性能となり、それなのに、ポンプ、加熱、冷却、酸素、水処理などの光熱費のコスト・インパクトを過小評価したまま走らせてしまうと、最終的にはキャッシュが回らなくなり行き詰ってしまいます。投資が入っていると外からは分かりづらいですが、内部で資金は着実に減少していきます。魚を飼えても養殖できるわけではありません。
誤解を恐れずに言うと、養殖の原則はそれを行う場所や形態に関わらず、「いかにチープに素早く儲けはじめられるか?」であり、飼うための技術や施設・設備の完成度に初めから大きなお金と時間をかけてこだわるのではなく、不完全ではあるけれども柔軟性を持たせたもので生産を開始して、少しでも早期に儲けを出していく必要がある事業です。同時に、そうすることで、改善すべきところが自然にあぶりだされ、それに対してピンポイントにお金と時間を投入することができ、効率よくスケールアップすることができます。急がば回れ。初めから「ガチガチ」に組まれた施設や設備が儲けを約束することはありません。安全係数を入れるのはもちろんですが、魚を養殖できる必要最低限のスペックを持たせたフレキシブルな施設と設備で結果を出して儲けを得始めることが、第1フェーズのマイル・ストーンと考えて良いでしょう。
また、チープにこだわるには、RASでの加温や冷却の熱源(温度)を、廃熱や冷熱のような未利用熱エネルギーに求めてください。それが難しければ、雪、深層水、温泉、地熱などの活用を検討してください。通常の電力や冷温調機のシステムに頼らざるを得ないのであれば、RASでの養殖はお勧めしません。RASでは光熱費が人件費やメンテナンス費とともに運営コストの大きなところを占めます。「どうしても」ということでしたら、自然エネルギー発電による自家発電もオプションになるのかもしれませんが、コスト回収の確実性を必ず確認してください。「Recirculating Aquaculture System(循環式養殖システム)」という言葉の呪縛にとらわれるのではなく、光熱費や水処理にかかるコストを低減できるのであれば、井戸や深層水などからの清浄で温度を持つ水を利用する「かけ流し」との併用(ハイブリットRAS)も積極的に検討するべきでしょう。RASの性能を謳うためによく語られる低い換水率は、RAS養殖での儲けを保証するものではありません。
魚の市場でのポテンシャルと増肉係数にも徹底的にこだわってください。高級魚には魚価の良いものが多いですが、その市場(マーケット)は概して大きくはなく、種類によっては季節性が強いものもあります。広報や啓蒙することである程度は影響を和らげられるかもしれませんが、少なくとも短中期的に問題を解決することは不可能で、ほぼ飽和している市場や季節外れの商品での勝負しているその間に資金が枯渇する恐れが大きいです。高級魚は増肉係数も高いものがほとんどで、ただでさえ運営コストのかかるRASでは、飼料(増肉)コストの高さも致命傷になりえます。そのコストを抑えるために出荷サイズを小さくすること(早出し)もありますが、特に日本の市場ではそのような製品に対するポジションはなく、売り先を見つけるのは難しいでしょう。市場が要求するサイズまでの成長スピードもキャッシュ・フローに大きく関わります。RASで養殖する魚の種類は、既存のマーケットがあり、そのマーケットにはRASからの生産物で代替や補完するスペースがあるか、あるいは、将来的にもそれが広がる可能性が高いものを選定してください。
増肉係数(FCR)が良いと聞いても、経済的な増肉係数(eFCR)に優れるポテンシャルが、その魚にあることも確認してください。動物の特性に由来する生物学的なFCR(bFCR)が良い魚でも、RASでは期待したほどのeFCRを得ることが難しいケースがあり、その主な原因は低い生残です。水槽からの逃亡(飛び出し含む)や、不幸な酸欠、まれな疾病の発生による斃死を除けば、共食いによるインパクトを無視できないケースがあります。養殖対象とする魚の特性が、RASの条件下でどのように顕在化する(引き出される)のかを、事前に良く理解しておかれることをお勧めします。RAS養殖で儲けを出す/スケールアップしていくには、収容密度の高密度化が大きなチャレンジになります。高い収容密度は成長を抑制するだけでなく、共食いを助長する主な要因の一つです。
まだまだありますが、最後に。特に、異なる分野から参入や投資を行う際には、養殖技術、施設、設備などを提供する側からの情報だけに頼るだけでなく、常に客観的な第三者の視点から相手とコミュニケーションすることで、事業計画の妥当性と将来性を評価することに努めてください。私がこれまで書いたことは、当然検討されてしかるべき事柄ばかりですが、「本当に検討したの?」と感じさせる計画が多く走っているのが現状です。前進にはチャレンジが必要で、リスクをとることが求められますが、RAS養殖ではどのリスクを取るべきかをよく見極めていただけたらと思います。
*この投稿では全ての水産養殖対象動物をまとめて「魚」と表現しています。
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