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生簀内の魚の数

養殖魚への給餌は、(1)生簀内の魚の摂餌行動・活性と、(2)そこにいる魚のサイズ、尾数およびバイオマスとの関数ともいえるオペレーションです。デジタル手法で給餌するにしても、これは不変なファンダメンタルであり、今回のシステムは「適正給餌センサー」で(1)を、「尾数カウントセンサー」と先行の「魚体重推定システム」で(2)を把握して、そこからの最適解を養魚家に提供しようとするものだと考えられます。 しかし、それを達成することは簡単なことではなく、実際には互いのフィードバックで決定されていくパラメーターである(1)と(2)を高い精度で並行的に洗練・進化させていくことが理想であるものの、 以前の投稿 でも紹介したように、特に(2)を構成する「尾数」の情報を得るシステムの開発に比較的高いハードルが存在します。 尾数の把握には、生簀の中で泳ぐ魚を直接的に見分ける(個体識別する)ことと、それを遊泳速度や方向から間接的に補完する方法に加えて、ヒトや魚群の期待や予測に反する行動をしめす個体の尾数を理論的に求める手法の組み合わせを処理できる複合的なシステムが求められるからです。もちろん、これとは異なる仕様のシステムも考えられますが、尾数の把握というハードルが相対的に高いことは変わらないでしょう。 ただ、これは一方で、ここを完成させると精密給餌への道がパッと開けて養殖管理の高効率化につながるとともに、魚の資産価値の把握と評価に対する信頼度が一気に高まって、生産・経営計画の策定や外部からの資金の調達等にかなり大きな効果を与えられることを意味します。 グローバルに見ても、古野電気さんをはじめ日本にはこの分野に優れた技術者、研究者、企業、スタートアップが多いと感じています。おさかな国ですからね。それぞれでの開発に加え、オープンイノベーションも活かすことで加速度を増した開発が進められることが期待されます。 古野電気、養殖業のDX支援 いけす管理のAI解析用センサー開発 古野電気は養殖業のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援を本格化する。いけすの状態を測る新センサーを開発。計測したデータを人工知能(AI)で解析し、生育状況の正確な把握を目指す。古野電気は漁船用の電子機器で高いシ...

エスカルゴの養殖

「研究にゴールはない。」 養殖には生物種を超えて共通する挑戦があり、1つ1つのマイルストーンに達する苦労と努力も共通するんだと、大きくうなずきながら読んで、養殖をサポートする自分も頑張らないとと熱くなりました。 しかし、ここまでできるのは、すごいの一言に尽きます。 エスカルゴ養殖、殻破った成果 鉄工所経営者が挑んだ45年 高瀬俊英(三重エスカルゴ開発研究所) 「なぜエスカルゴの養殖に挑んだのか?」。これまで何度も聞かれてきたが、無理もない。元々、鉄工所を経営しており、全く畑違いの分野だったからだ。現在、三重県松阪市で、エスカルゴ牧場を開いている。養殖は不可能とされていたが、40年以上にわたり試行錯誤を続け、・・・・・

カンパチの陸上養殖 in スペイン

サケ・マス類の陸上養殖ではRASの運用やビジネスが難しいとして、対象種をブリ類に転換したり、そこから始めようとしたりするところがヨーロッパででてきています。この記事に紹介されている会社は、以前より小規模ながらカンパチ(ブリ類の1種)の生産を続けていたところであり、また、レモンソール(シタビラメ)、クロマグロ(大西洋)の人工生産にも挑戦してきた歴史がありますが、財政的な危機もあって所有者が幾度なく変わり、現在ではデンマークやノルウェーでヒラマサ(ブリ類の1種)を陸上養殖しているノルェー資本のものになっているようです。 まずは450トンから始め、目標の5,000トンまで生産を拡大する計画とのことで、ヨーロッパにおける陸上養殖ブリ類の平均的な出荷サイズ3.0kgを基に計算すると、それぞれ約15万尾と約160万尾になります。「Plate-seized fish」と表現されるように、小さい商品サイズに慣れている地域でもありますし、また増肉係数(FCR)が高い魚ということもあり、それ以上のサイズの大きさの魚に育てることはないのかもしれませんが、その分、出荷尾数は多くなりそうですね。   ただ、魚種に限らず、また、地域や国を問わず言えることですが、陸上養殖の魚にはプレミアム価格を付ける(プレミアム価格に頼る)傾向にあり、それが陸上養殖ビジネスのつまずきの原因となるケースが多いのも事実です。サステナビリティの意識が比較的高いヨーロッパではありますが、どのような価格帯で販売されていくのか興味がありますね。   Acuicultura Cádiz launches bold new 5,000-tonne Seriola project El Puerto de Santa María, Spain, 12 May 2025 | This company is the only one with a guaranteed supply of Seriola juveniles, as it is managed by the hatchery for the species operated by Futuna Blue Spain ...

養殖のファンダメンタル

散る火花が見えそうですが、米国に限る話でも、アトランティック・サーモンに限定される話でもなく、陸上養殖(RAS)を検討している、あるいはすでに着手や運営しているすべてのケースにとって、今回のやりとりの内容は示唆に富むものです。 養殖という事業は、どのような形態でも基本となる要素(ファンダメンタル)は同じで、RASもその例外ではありません。計画、管理、事業規模、技術といった要素が相互に連動してはじめて、収益を上げることが可能になります。 今回の対立する主張において、両者(社)のどちらが正しいといったことではなく、大切なのは、すべての要素を高い水準で一体化できるところだけが、RASでの成功を体現できるということなのだと思います。 Atlantic Sapphire founder is wrong about RAS, says AquaMaof boss Dagan: Poor management, not technology, to blame for RAS struggles. Aquaculture veteran Yoav Dagan has issued a robust rebuttal to recent remarks by Atlantic Sapphire co-founder Johan Andreassen, who said the economics of land-based salmon farming no longer stack up in the United States.

垂直方向の高水温対策:waterborne feeding

前回はマルハニチロさんの水平方向での温暖化対策の紹介でしたが、今回はニッスイさんによる垂直方向の対策が取り上げられています。 タイプによって沈下式、沈降式、浮沈式などと呼ばれる垂直方向への対策は、基本的に生簀が常に水中にある点が特徴です。漁場の水深や潮の流れにもよりますが、例えば表層の水温が30℃でも、その10 m深では2、3℃低い27~28℃台の夏場のブリには理想的な水温をとることができます。30℃を超えてくると高温障害の恐れが強まりますし、この水温に近くても摂餌はしますが、成長に対する無駄が発生したり、健全さが失われ始めたりするようになります。このような高水温の影響を軽減できことは大きな利点ですが、全ての生簀のタイプに共通した欠点として、給餌をする際に水中の生簀から水面に伸びている網の口(くち)を開けて餌飼料を投入するか、水中の生簀を水面浮上させるなどの手間がかかるということがあります。 今回の記事で紹介されているのは、これらの手間をかけずに、水中に沈めたままの生簀内で給餌を行う技術です。Waterborne feedingと呼ばれる給餌方法で、飼料は給餌船から水でホースを通り生簀に運ばれ水中で魚に与えられます。もともとこの技術は、従来の空気(エアー)で飼料を運ぶ方法(airborne feeding)よりもエネルギー損失(電気、温暖化ガスなど)や飼料の物理的損傷(割れ、かけ、粉化)を効率よく抑えることができることと、専ら、アトランティック・サーモンにおいては表層で感染が成立する寄生虫(シーライス)の対策として開発されてきたものです。陸上養殖においても省エネや騒音対策の観点からシステムの洗練化が進められています。 実証試験によって、この給餌技術が温暖化への対応にも生かすことができるか注目です。日本で問題になる寄生虫のなかにはアトランのシーライスと同じような特性をもち感染するものもあり、ブリだけでなく他の魚種への応用も期待できるかもしれません。水を通して飼料を運搬するため、システムの複雑さや飼料からの栄養成分のリーチング(漏れ)などの課題も残っていますが、検討すべき技術の一つであることに間違いないでしょう。 ニッスイ、いけすを常時沈めてブリ養殖 高水温に対策 ...

温暖化:魚の体温

魚は人(ヒト)のような体温を持ちません。魚は水にいますので基本的に体温は水温で、水温が体温です。魚は自分たちに適した水温のなか(範囲)で生活することで、自分たちに適した体温を保ちます。しかし、適した体温を保てない場合、魚はそれを得られる水温に移動する(泳いでいく)ことで対応します。 養殖されている魚ではどうでしょうか? 限られた空間の生簀で魚を養殖するということは、魚の自然な行動を制限しているということであり、魚は人の管理に頼るしか自身に適した体温(水温)を得ることができません。言い換えれば、そのために工夫して自分の魚に適した水温を与えることが養殖という事業の義務ともいえ、それを果たそうと努めるのが養魚家(企業も含め)です。 水温に対する工夫には、この記事のように生簀や漁場の水平方向(例えば、高水温なら高緯度、低水温なら低緯度)への移動が検討されるほか、表層の水温が高くなりやすく低くもなりやすいことから垂直方向(生簀の沈下や深底化)への移動もオプションです。 また、どの方向への移動でも、低酸素や赤潮のリスクを考慮に入れて場所や水深を決める必要があります。魚に対する水温の影響はこれらのイベントが重なることでより深刻化するのが一般的で、例えば、水温30度でも酸素飽和度80%では問題なく魚は元気なのに、酸素飽和度が70%に低下すると斃死やショックが出はじめるというようなことが起こります。 配合の調整や機能性原料の添加といった飼料からのアプローチは、このような生簀や漁場の物理・水質環境についての工夫があって初めて効果を期待することができるものであり、「魔法の弾」ではありません。 選抜育種やゲノム編集等で温度耐性を付加することができても、海面での養殖では逃亡による生態系への影響リスクを避けなければならず、そのためには性成熟しない魚の生産やその魚を再生産する技術の確立が必要であり、それにはまだ時間を要します(詳しくは前回投稿を参照)。 一方で、水平や垂直方向への移動が難しいとしても、給餌量/頻度の調整や低収容密度化によるストレス軽減を通して、温度の影響をすこしでも抑制しようとするなどの試みは古くても新たなものとして検証されるべきでしょう。 温暖化に伴い養殖を取り巻く水環境が変化していくことは必至であり、そこでは養魚できるところが生き残ります。 ...

ゲノム編集と性成熟

今年はゲノム編集の魚に関するニュースが多く報じられた年でした。魚の成長を促進したり、病気への耐性を高めたり、可食部を増やしたり、あるいはこの記事で紹介されているように水温への耐性を強化したりと、一般の方にも分かりやすい話題が多かった印象を受けました。そこで、今回は少し視点を変えた話題について取り上げたいと思います。 特別な飼育環境でない限り、ゲノム編集によって作出された養殖魚は、水槽や生簀から逃げ出すことで自然界へ遺伝子を移入するリスクがあり、それを防ぐため「性成熟しない(sterile)」ことが求められます。ゲノム編集は伝統的な選抜育種と原理は同じですが、この革新的な技術を用いた育種は、従来よりも強く急激な変化をもたらします。そのため、消費者を含む利害関係者が一様に肯定的な姿勢を示していない現状において、性成熟しない魚を求める流れは自然なことと言えるでしょう。 さて、性成熟しない魚を用いて養殖事業を行うには、何が必要でしょうか。それは、性成熟しない親魚(親)から稚魚(子)を生産し、養殖のサイクルを維持することです。「性成熟しない親から稚魚?」と疑問に思われるかもしれませんが、実際には性成熟しない親を作るには多くのステップが必要であり、養殖サイクルを回転させるたびに新たな親魚を用意しなければならないとなると、サイクルの高速化や事業の効率化が難しくなります。そのため、性成熟しない親魚に再び(複数回)性成熟してもらう技術(reverse sterile)の確立が必要となります。 性成熟しない魚の生産には代理親を利用する方法なども検討されていますが、同種の魚で養殖サイクルを循環できる仕組みは、動物福祉や倫理の観点からも多くの利害関係者に受け入れられやすいと感じています。この分野は日々進化しており、来年も新たな技術や考え方が大きく発展することを期待しています。 なお、ゲノム編集技術を活用する科学者や企業は、焦らずに時間と労力をかけて正確な情報を広く伝えることに注力し、利害関係者との協議を重ねて、技術のメリットを理解してもらう努力も続けるべきです。食の安定供給に寄与する優れた技術であるからこそ、着実に対話を進めてほしいところですね。 それでは、みなさま、良いお年をお迎えください。 ...