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ゲノム編集と性成熟

今年はゲノム編集の魚に関するニュースが多く報じられた年でした。魚の成長を促進したり、病気への耐性を高めたり、可食部を増やしたり、あるいはこの記事で紹介されているように水温への耐性を強化したりと、一般の方にも分かりやすい話題が多かった印象を受けました。そこで、今回は少し視点を変えた話題について取り上げたいと思います。 特別な飼育環境でない限り、ゲノム編集によって作出された養殖魚は、水槽や生簀から逃げ出すことで自然界へ遺伝子を移入するリスクがあり、それを防ぐため「性成熟しない(sterile)」ことが求められます。ゲノム編集は伝統的な選抜育種と原理は同じですが、この革新的な技術を用いた育種は、従来よりも強く急激な変化をもたらします。そのため、消費者を含む利害関係者が一様に肯定的な姿勢を示していない現状において、性成熟しない魚を求める流れは自然なことと言えるでしょう。 さて、性成熟しない魚を用いて養殖事業を行うには、何が必要でしょうか。それは、性成熟しない親魚(親)から稚魚(子)を生産し、養殖のサイクルを維持することです。「性成熟しない親から稚魚?」と疑問に思われるかもしれませんが、実際には性成熟しない親を作るには多くのステップが必要であり、養殖サイクルを回転させるたびに新たな親魚を用意しなければならないとなると、サイクルの高速化や事業の効率化が難しくなります。そのため、性成熟しない親魚に再び(複数回)性成熟してもらう技術(reverse sterile)の確立が必要となります。 性成熟しない魚の生産には代理親を利用する方法なども検討されていますが、同種の魚で養殖サイクルを循環できる仕組みは、動物福祉や倫理の観点からも多くの利害関係者に受け入れられやすいと感じています。この分野は日々進化しており、来年も新たな技術や考え方が大きく発展することを期待しています。 なお、ゲノム編集技術を活用する科学者や企業は、焦らずに時間と労力をかけて正確な情報を広く伝えることに注力し、利害関係者との協議を重ねて、技術のメリットを理解してもらう努力も続けるべきです。食の安定供給に寄与する優れた技術であるからこそ、着実に対話を進めてほしいところですね。 それでは、みなさま、良いお年をお迎えください。 ...

陸上養殖(RAS)に参入する際には

残る課題が少なくないこともあり、複数社をあわせてもノルウェーからの輸入量にせまるほどの魚を生産するにはまだまだ時間を要すると思いますが、この記事で紹介されているサケ・マス、バナメイ、チョウザメだけでなく、サバやクエ・ハタなど多くの種類でRASでの陸上養殖への参入が盛んになっています。水産分野以外からの参入も多く、正直なところ、一種、バブル的な危なさがあるようにも感じます。これから参入を検討される方は次のことに留意されることをお勧めします。 まず、魚を「飼う」ことと、「養殖する」こととの違いをよく認識することが大切です。養殖は利益を追求する商売であり、魚の世話(ケア)に重きを置く「飼う」という行為とは違うものです。「飼う」ことにとらわれ、RASの施設や設備への拘りが強くなって過剰性能となり、それなのに、ポンプ、加熱、冷却、酸素、水処理などの光熱費のコスト・インパクトを過小評価したまま走らせてしまうと、最終的にはキャッシュが回らなくなり行き詰ってしまいます。投資が入っていると外からは分かりづらいですが、内部で資金は着実に減少していきます。魚を飼えても養殖できるわけではありません。 誤解を恐れずに言うと、養殖の原則はそれを行う場所や形態に関わらず、「いかにチープに素早く儲けはじめられるか?」であり、飼うための技術や施設・設備の完成度に初めから大きなお金と時間をかけてこだわるのではなく、不完全ではあるけれども柔軟性を持たせたもので生産を開始して、少しでも早期に儲けを出していく必要がある事業です。同時に、そうすることで、改善すべきところが自然にあぶりだされ、それに対してピンポイントにお金と時間を投入することができ、効率よくスケールアップすることができます。急がば回れ。初めから「ガチガチ」に組まれた施設や設備が儲けを約束することはありません。安全係数を入れるのはもちろんですが、魚を養殖できる必要最低限のスペックを持たせたフレキシブルな施設と設備で結果を出して儲けを得始めることが、第1フェーズのマイル・ストーンと考えて良いでしょう。 また、チープにこだわるには、RASでの加温や冷却の熱源(温度)を、廃熱や冷熱のような未利用熱エネルギーに求めてください。それが難しければ、雪、深層水、温泉、地熱などの活用を検討してください。通常の電力や冷温調機のシステムに頼らざるを得ないのであれば、...

目から鱗:漁網たわし

地元のタウン情報紙で発見です。 調べると数年前に売り出され、人気のある商品のようですが、目から鱗(うろこ)です。 網の切れ端で道具をまいたり、船をこすったりはしますが、一般の消費者のかたに喜んで使っていただけるものとは思ってもみませんでした。 漁網はリサイクルではなく、リユースもできるということですね。ぱっと見、ラッセル網地のようで、洗剤の泡立ちや傷がつきにくいといった点でいいのでしょう。 養殖でも魚が小さいときには、しばしば同じ材質で目の小さな網を使いますので、現役を引退した網は、その一部でも、地元の道の駅で配布したり、地産地消的に使っていただいたりしても良いのかもしれませんね。 【コスパ最高】捨てるタイミングが分からない⁉ 1個320円の「天洋丸の漁網エコたわし」はまさしくエコ!  料理好きの人はもちろん、料理教室の先生も通うというキッチン道具専門店「Kitchen Paradise(キッチン パラダイス)」(福岡市中央区)。2001年のオープン以来、さまざまな便利アイテムの情報を発信し続けてきた同店に「便利で丈夫なたわしがある!」と聞き、早速行ってきました。

陸上飼育施設と魚運搬船のバイオ・セーフティー@ノルウェー

陸上養殖システム(RAS)のバイオ・セーフティに関するオープンアクセスの総説で、ノルウェーでのアトランティック・サーモンのスモルト生産施設と、生産された魚を海面生簀へ運ぶ運搬船(ウェル・ボート)をモデルとしています。 バイオ・セーフティとよく似た言葉に、バイオ・セキュリティがありますが、この総説では「病原体の拡散を防ぐための生産全工程に対するコントロール」を意味するバイオ・セーフティの観点からレビューを行っています。 著者らもイントロで述べているように、バイオ・セーフティについて完全に把握し理解している人はいないと思います。恐らく、これはアトランに限ったことではなく、他の全ての養殖対象生物(魚介類や藻類)に対しても同様でしょう。情報や知見が多くの分野にわたる断片的なもので構成されており、これらを取りまとめて俯瞰的に理解する「機会」がなかなかなたったことが理由の一つだと思いますが、今回のレビューはそれを与えてくれます。 アトランのスモルト生産施設とウェル・ボートに対する総説ではあるものの、それらを他の養殖対象生物や、生産施設、日本でいう活魚運搬船や活魚トラックなどと読み替えても面白く読めると思います。ノルウェーにおける魚の生産施設や運搬に対する規制にも触れられており、日本との比較や今後の在り方を考える上でも示唆に富みます。 なお、今回の総説では要因をかなり細かく因数分解していますが、ノルウェーだけでなく他のRAS開発国でも、初めからすべてに対応することは不可能で、むしろ、そうした不完全さが改善・改良のヒントとなり、レベルを高めてきた歴史があります。不完全な技術と施設でなんとか生産していこうとするなかで、時間とお金をかけるべきところを見つけ出し、適切に対応してきた過程とも言えるでしょう。 Biosafety in Norwegian Aquaculture—Risks and Measures in RAS Facilities and Well-Boats Biosafety is a central concern in Norwegian salmon farming, as diseases and parasites are common. Co...

廃棄物の価値と格好の良さ

先月のシーフードショーでも使用済みの漁網やロープを織り込んだ作業着などの衣類が紹介されていましたが、廃棄漁具や水産廃棄物をリサイクルする試みは数十年前から行われてきものの、これまでは、なかなか付加価値のある商品として仕上げることが難しいまま時が流れてきたという歴史があります。 その難しさの背景には、技術というテクニカルなところだけでなく、持続性やサステナビリティといったことについての教育がほぼ欠落していたことがあったのだと思います。公害などの問題について教育する/教育を受けるものの、そこから、教育する側も受ける側も持続性やサステナビリティへとは展開することがないのが自然な流れの時代でした。 低学年から双方向的な授業が活発に行われ、その中で育ってきている人たちだからこそ理解できる価値と格好の良さを持つ製品を作る技術が現在にはあり、そして、そのような技術もそのような人たちによって開発されてきているのが今とこれからということなのでしょう。 製品や技術のビジネス化も、その教育を受けてきた人たちだから可能になるのでしょうし、自分自身ではなく、勉強してきた子供たちに教わる親などの大人も加わり形成されていく流れなのだと思います。 いつまでも滞ることなく続く流れであってほしいですね。 「やっ貝もの」華麗に変身 ホタテやカキ殻 スーツ・棚・ネイル…環境にやさしく丈夫 キやホタテなどの貝殻が、スーツや化粧品、建築資材など価値の高いものに生まれ変わっている。日本は世界有数の貝生産国で、これまでも肥料や土木工事の資材として循環はしてきたが、価値は低かった。今、環境に優しい素材として新たな業界から注目される。海の「やっ貝もの」が漁師の収益にもなり始めた。

陸上養殖の保険

陸上養殖向けの保険サービスが開始されます。記事の内容からするとRAS施設をターゲットした商品なのでしょう。海外では既存の保険ですが、RASでの陸上養殖が緒に就いたばかりの日本では内容を設定するにあたり試行錯誤されたところも多かったと思われます。しかし、今後も改善のための修正が加えられていくでしょうし、陸上養殖に伴うさまざまなリスクを軽減することで、日本における陸上養殖の参入や拡大を促進するためには不可欠なものとなることは確実です。 RASでの養殖と聞くと、気候や海況といった外部環境の影響を受けずに安定的な養殖生産が可能と思われるかもしれません。しかし、例えば、今般の異常気象に伴う台風、竜巻、豪雪といった気象現象によって停電やシステムの障害が起こるなど、間接的な影響を受ける十分な可能性はありますし、人為的ミスによる病原体の侵入や飼育動物あるいは施設に悪影響を与える化学物質が内因的にでも生成されるだけで、その処理や対策のためにシステムの大部分をダウンやクローズしなければならないケースがあるなど、海面や池での養殖とは特異な事象がRASでは起きます。 将来的には、保険への加入や価格設定の際に、RASの運用スキル、保守・バックアップシステム管理、バイオセキュリティ対策などに対する外部評価(監査)の受け入れや、RASオペレーターへの定期的な講習・トレーニングが義務付けられる可能性もありますね。それが保険を売る側、買う側の双方にとって良いことのようにも思えます。 損保ジャパン、陸上養殖向け専用保険 損害保険ジャパンは月内にも、エビなどを育てる陸上養殖の事業者向けに事業性の評価から専用保険まで引き受けるサービスを始める。動産評価などを手がけるNPO法人日本動産鑑定(東京・中央)と連携。養殖事業のリスクを可視化し、金融機関からの資金調達や保険加入を後押しする。

ウナギの完全養殖に向けて in インドネシア

インドネシアでもウナギの完全養殖に向けた取り組みが進められています。農水産分野のジャイアント企業Japfa(ジャプファ)で養殖・飼料を担当するPT Suri Tani Pemuka(STP、スリ・タニ・ペムカ)が採卵、授精、ふ化に成功しました。 彼らのウナギは学名 Anguilla bicolor のバイカラ種(あるいはビカーラ種)と呼ばれるもので、日本のウナギ Anguilla japonica と近縁種のとても美味しいウナギです。仔魚の飼育は短期間で終了したようですが、完全養殖に向けた大きなマイルストーンの一つを達成したと言えるでしょう。 Japfa、STPのチャレンジ・スピリッツに対してはもちろん、彼らの優れたR&D施設の設計・建築に携わり、現地の若いスタッフを指導、育ててきた日本人研究者 瀬尾重治氏の不撓不屈の努力にも拍手です。 Anguilla bicolor の自然界における産卵場に近く、動植物の生産性も桁外れに高いインドネシア:加速度をつけて研究が進むことに期待です。 Japfa achieves successful first step in tropical eel reproduction. Japfa achieves successful first step in tropical eel reproduction The team at Japfa’s Aquaculture Research Center successfully hatched 70,000 larvae, achieving larval rearing for 11 days.