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不完全養殖

 ウナギの人工種苗に関するニュースが立て続けに報道されています。各機関・各社それぞれの工夫と戦略で事業化に向けた競争が繰り広げられており、私たちの食卓に届く日が予想以上に早くなるのではと思っています。楽しみですね。 今回はこの記事で使用されている「完全養殖」と「不完全養殖」という用語について、すこし説明を加えたいと思います。この記事の内容自体を論じるものではありません。 「完全養殖」は、養殖の形態の一つを指す用語です。この養殖では、卵から成魚のライフサイクル(生活史)をすべて人間の管理下で回し、魚を生産します。つまり、天然種苗※ではなく人工種苗※を育てて卵を採り、そこから生まれた魚を育てる-この流れを繰り返すのが「完全養殖」です。 それでは「不完全養殖」とは? インターネット上の情報を調べると、今回の記事にもあるように、天然種苗を使う養殖がそれに相当するとされているようですね。 私は「不完全養殖」という用語を使ったことがありません。実際のところ、この分野に関わる多くの方もそうではないでしょうか。天然種苗を用いる養殖については、単に「養殖」と呼ばれることがほとんどです。 これは、「完全養殖」の定義が明確であるため、わざわさ「不完全養殖」という用語を使用せずとも、「完全養殖」でなければ天然種苗を使用しているという理解があるからですし、「完全」という言葉は、必要なものがすべてそろっていることや、欠点などのないようにすることを意味しますが、資源としての天然種苗を適切に必要なだけ利用する養殖に何ら欠点があるわけではなく、「不完全」ではないからです。 「完全養殖」という言葉の語感、響き、座りが非常に良いため、「完全養殖」の箇所を残し、その対になる言葉として「不完全養殖」という語が生まれたのかもしれません。確かに、天然種苗を過剰に採捕して資源を損なうような養殖については、的を射た表現とも言えますが、資源管理された健全な天然種苗を利用して真摯に取り組む養殖までをも一括りそれに含めることは避けていければと思います。 ちなみに、国際的に「完全養殖」は”hatchery-based aquaculture”、あるいは「完全」を強調したい時には”full-life cycle hatchery-based aquaculture”などと呼ばれ、私たち日本人が「完全」という言葉からイ...

養殖用種苗について思うところ

 養殖では魚種に関係なく、人為的条件下で生産される稚魚を「人工種苗」、天然で採捕される稚魚を「天然種苗」と呼びます。養殖はこれらの種苗を商品サイズの魚にまで育て、販売する事業です。 マグロに続き、日本の養殖界では最後の魚(ターゲット)といわれていたウナギの人工種苗の生産もここまで大きく発展しました。一般の小売店に並ぶ日も遠くないのかもしれません。すばらしいですね。 一方で、海に囲まれた日本では以前から天然の稚魚を採捕し、天然種苗として養殖に利用してきました。ウナギの他ではブリやマグロなどがそうで、天然の資源(魚)へのやみくもな依存やそれに伴う乱獲を避けることが前提ですが、これも持続性が高い養殖の一形態です。 人工種苗には育種による高成長や耐病性などの付加など、それにしか担えない役割があり、養殖産業の将来を支えるのに必須なアイテムであるものの、自然の恵みがもたらす天然種苗も適切に利用していくことが、これからも日本の養殖の姿であり利点であると思います。 ただ、現実には、天然種苗が不漁の時にはすこぶる要求が高まる人工種苗も、天然種苗が豊漁の年には価格や養殖効率の面から敬遠されます。また、そういったなかで、人工種苗の産業・経済的な意義が薄れて生産されなくなり、その技術を継承・発展させることもできなくなる。逆に、人工種苗の使用を一律に義務付ければ、これまで天然種苗の採捕に従事してきた人々の生業への影響は避けられず、また、天然種苗が豊富に存在しても、その自分たちの資源の利用を自ら放棄してしまうことにもなりかねません。 こうした矛盾や対立は日本の養殖産業に良くない影響を与えるものでしかないと思うのです。人工種苗と天然種苗、それぞれの特性と利点を理解し、両者をうまく共存・活用していくことこそが、日本の養殖の未来を支える鍵であると私は考えています。 追記:人工種苗と天然種苗については以前にも思っているところを書いておりますので、ご参照いただければ幸いです。 「 資源であるためには:種苗と餌飼料 」 「 天然種苗と人工種苗のバランス 」 「 人工種苗はかっこいい? 」 「 完全養殖だけが養殖ではない 」 ウナギ、完全養殖で量産へ 水研機構とヤンマーが特許取得 水産...